【企業向け】懲戒処分を社内で公表することに法律的な問題はあるか?

2022年09月21日
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【企業向け】懲戒処分を社内で公表することに法律的な問題はあるか?

企業によっては、懲戒処分を行った際に、企業秩序の維持や再発防止のために、懲戒処分について社内で公表する制度を設けている場合があります。

一方で、「法律的には、懲戒処分の対象となった社員の氏名を公表することは認められているのか」「どこまでの事実であれば公表が認められているのか」という点について疑問を抱かれている経営者もおられるでしょう。

本コラムでは、懲戒処分の公表に関する法律的な問題について、ベリーベスト法律事務所 札幌オフィスの弁護士が解説いたします。

1、懲戒処分は社内で公表しても問題ない?

会社が懲戒処分を公表する目的としては、「懲戒となる行為があったことを社内に示すことで、当該行為が問題であることを社員たちに示して、社内秩序を維持し再発の防止につなげる」というものが一般的でしょう。

しかし、正当な目的に基づいたものであっても、懲戒処分を公表することで問題が生じる可能性があります。
特に、懲戒処分の対象となった社員の氏名を公表した場合には、社員から名誉毀損であるとして訴えられてしまうリスクがあるのです。

2、氏名は公表すべきか?

原則として、「懲戒処分が行われた」という事実を公表する際にも、処分の対象となった社員の氏名まで公表することは避けるべきです。

従業員の氏名まで公表することには、ほかの社員に「自分も氏名を公表されたくない」というプレッシャーを与えて、再発防止につなげるという狙いがあるでしょう。
しかし、氏名まで公表しなくとも、問題となった行為や懲戒処分の理由と内容を示すことで、「当該行為が懲戒処分の対象になること」や「会社として懲戒処分を行ったという事実」を示すことができ、社内秩序の維持・再発防止という目的は達成できます。

氏名を公表することには、名誉毀損として訴訟を提起されるリスクがあるほか、社員のプライバシーの保護という点でも問題があるのです

3、公表する内容や方法

  1. (1)公表する内容

    懲戒処分について公表する際に記載できる情報としては、「懲戒処分の対象となった行為」「懲戒処分の種類(内容)」「懲戒事由」が挙げられます。

    • 懲戒処分の対象となった行為
      そもそも懲戒処分を公表する目的が再発防止である以上、「どのような行為が懲戒処分の対象となったのか」ということは明記すべきでしょう。
      ただし、あまりに詳細に書きすぎてしまうと、処分の対象となった従業員を事実上特定してしまう可能性がある点に注意してください
    • 懲戒処分の種類(内容)
      解雇、減給、出勤停止、戒告・けん責などのうち、どのような処分がなされたかという点についても記載しましょう。
    • 懲戒事由
      「就業規則 第○条 第○項 第○号」という風に、根拠となる懲戒事由についても明記することで、「理不尽な処分がなされたのではなく、就業規則に従って適切な処分がなされた」という点を社員に伝えることができます。


    なお、処分の対象となった社員の所属部署(グループ会社であれば所属先会社)については、公表すると処分の対象者が特定される可能性があるため、公表は控えておいたほうがよいでしょう。

  2. (2)公表する方法

    懲戒処分を公表する方法としては、下記のようなものが挙げられます。

    • 社内掲示板
    • 社内ポータルサイト
    • 社内向けメール


    掲示板やポータルサイトに掲載する場合には、掲載期間は最低限のものにしておきましょう。
    また、社外の取引先など、会社の外部には公表をしないようにしましょう
    社外の相手との窓口となっている従業員や社外との取引の担当をしている従業員に関して解雇処分・出勤の停止などがあった場合にも、外部の相手方に対しては「一身上の都合」などと説明して、懲戒処分が行われたことまでは伝えないようにしてください。

    懲戒処分を公表する目的は社内秩序の維持と再発防止であるため、社外にまで懲戒処分の事実を公表することは、目的に反します。
    また、懲戒処分を受けた社員の氏名が特定される形で社外に伝わってしまうと、名誉毀損やプライバシー侵害が成立する可能性が高くなる点に注意してください。

4、懲戒処分を公表することで名誉毀損となるケース

  1. (1)名誉毀損が成立する要件

    社員が、民事訴訟において、名誉毀損を理由に損害賠償を求める場合には、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求権として、その請求の要件を充足しているかを判断されることになります。

    不法行為責任とは、「行為者の故意または過失によって、他人の権利または法律上保護される利益を侵害した場合に、これによって生じた他人の損害を賠償する責任を負う」ということです。
    名誉毀損の場合では、「社会が与える評価としての外部的名誉について、社会から受ける客観的評価を低下させた」という場合には権利の侵害があったものとされ、民法709条に基づいて損害賠償を請求されることになります。
    具体的には、精神的苦痛に対する損害賠償である、慰謝料を請求されることになるのです

    ただし、以下の3つの要件を満たす場合には、違法性はないものと判断されて、社員による損害賠償の請求が却下されます。

    • 公共の利害に関する事実にかかわるものであること
    • 目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合であること
    • 摘示した事実が真実であることの証明があったとき


    ①「公共の利害に関する事実」
    公共性のある事実とは、「一般の多数人の利害に関係するものの事実」ということです。
    個人のプライバシーや私生活上の事実については、原則として、このような公共性はないものと考えられています。
    しかし、その人物が行う社会的活動の性質やその影響力の程度などによっては、社会的活動に対する批判・評価の資料として公共性が認められることがあるのです
    通常の業務を扱う社員の懲戒処分については、このような公共性が認められることは少ないですが、重要な役職についている社員や役員に対する懲戒処分については公共性が認められる可能性があります。

    ②「目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合」
    「専ら」というと「目的の大部分が公益であること」が必要とされているように思う方もおられるでしょう。
    しかし、実際には比較的緩やかに判断されており、懲戒処分としての公表の主たる目的が公益であれば問題ありません

    ③「摘示した事実が真実であることの証明があったとき」
    摘示された事実の全てでなくとも、主要・重要な部分について真実であるとの証明ができれば、この要件は満たされます。

    また、懲戒処分を公表する際にも氏名は公表しないことで、どの社員に懲戒処分がなされたかについて、他の社員からは判別できなくなります。
    これにより、処分が「対象者の社会的な評価を下げている」と見なされなくなり、名誉毀損が成立する可能性を減らすことができます

  2. (2)名誉毀損が問題になった裁判例

    実際に名誉毀損が争われた裁判例としては、以下のようなものがあります。

    • 東京地方裁判所判決 平成14年9月3日(エスエイピー・ジャパン事件)
    • この事例は懲戒解雇するだけの原因がある従業員が解雇によらないで自主的に退職した後、もはや会社は懲戒解雇をできないにもかかわらず、会社が当該従業員を懲戒解雇したとして、それに関する事実を公表するなどしたという特殊な事情がありました。
      裁判所は「そのような公表は原則として違法というべきである」と判断して、例外的な事情も認めませんでした。
      結果、従業員らの損害賠償請求が認められたのです。

5、まとめ

社員に対して行った懲戒処分を公表することには、再発予防の効果が期待できる一方で、当該の社員の氏名まで公表してしまうと名誉毀損に基づく損害賠償を請求される可能性があります。

ベリーベスト法律事務所 札幌オフィスでは、懲戒処分に関する問題やその他の労務問題について、企業からの相談を承っております
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  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています